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文系お姉さんの日記

元接客業の20代文系お姉さんの日記。とはいえその日の出来事はほぼ書きません。

結局容姿なんざ自己満ってのはわかってるけど

容姿に関する悩みは尽きない。左右非対称の小さい目とかキメの荒い血色悪い肌、短い手足と筋肉がみっちりついたゴツい肩。背が小さいのに骨太で、いかにもメスゴリラである。病気になって骨密度が低下したんだから、中身がすかすかになるんじゃなくて細くなればいいのに。

 

 

好きな女性芸能人があんまりいないのは容姿に劣等感を覚えるからだ。「何でこんなに可愛いんだよ!」とイライラする。恋愛ドラマなんか面白くない。可愛い人がイケメンに愛されて終わりだから。ケッ。

 

 

しかしながらこの容姿へのコンプレックスはいわゆる異性目線、モテを意識したものではない。しいて言うなら同性の目、もっと言うなら自分自身の目を意識したものだ。

 

自分の容姿に満足している人間とそうでない人間のどちらが充実した日々を送れるのかは明白だろう。最も自分の顔面や体に密接して関わるのは他ならない自分自身だ。朝目覚めて顔を洗い、洗面台の鏡を見たときにクッソブスな、大嫌いな人間の顔面を目にした瞬間の嫌悪感と絶望。そのクッソブスが自分なのだ。

 

これが「そこそこ気に入っている自分」だとどうだろう。よーし今日もお洒落するかー私オレンジ系のチークだと肌綺麗に見えるんだよねーとか思うんじゃないだろうか。気に入っている自分を更に飾ってあげたくなるんじゃないだろうか。

 

正直自分の容姿に満足しているか否かに美人とかブスは関係ない。自分の顔が好きだと言い切れる人は自分自身を大切にしている人だ。私は自分の容姿が醜くて嫌いだから好きになれない。だから満足できないのだ。可愛くなりたいのだ。

 

 

あとはブスだと友達になりたい人がいるときにためらってしまうのが辛い。前述したようにクッソブスで大嫌いな自分を引っさげて人前に出ている。クッソブスで自分でさえ大嫌いな自分と友達になってくれだなんておこがましいし失礼だし、自分自身に嫌われる奴を好きになってくれる人なんていないし。

こうして卑屈で根暗なブスが生まれるのだ。

 

 

ブスとして生きる以上、美人のするものとは別次元の努力をしていくことになる。私の場合は愛想を良くすることに全振りした。いつも機嫌が良くてニコニコしてる私を「可愛いね」と言ってくれた人はいたけど、それは造形じゃなくて動作のことを言っているのだ。子ブタやブルドッグに言う可愛いと一緒だ。切ない以外のなにものでもない。

 

 

どうか来世は色白華奢な儚げ美少女に生まれて長身切れ長一重イケメンボイのお姉さんとイチャコラしてますように。