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文系お姉さんの日記

元接客業の20代文系お姉さんの日記。とはいえその日の出来事はほぼ書きません。

久々に

退屈しのぎにネットを見ているうち、とあるサイトを見つけた。

それは男性セラピストによる女性専用マッサージ、言うなれば女性用◯俗を個人経営している人のサイトだ。

男性用のそれとは異なり、妖しいデザインでもなく下品で煽情的な文句もうたわれず、加工しまくりんぐなキャストの写真も無い。シンプルで落ち着いたデザインに記された業務内容は、あくまで『これは女性の疲れた心と体を癒すマッサージですよ、自分の欲望を満たすためではないですよ』ということを推している。

セラピストの写真はぼかしただけの自撮りで、もっちりと可愛い雰囲気の男性だった。


寂しい女性のケアをしてあげたい、とそのセラピストは主張する。男性経験の無い女性や彼氏・夫と上手くいっていない女性をいたわり、寂しさを癒してあげたい、と。自分も寂しがり屋だから気持ちがわかる、とも。

もちろん料金は発生する。それは経費とセラピストの収入のためだが、「きちんと金銭のやり取りがあれば浮気や不倫ではなくなる」ことの証明の意味もあるらしい。



もしセラピストが本当に女性のためにとその商売をしているなら、それはそれでむなしくならないのだろうか。

女性を思っての言葉や振る舞いや行為も、金をもらってしまえば単なるビジネスの一環になる。どんなに相手を愛しても、相手が金を渡せばそれは売るための愛、紛い物の愛になってしまう。

相手に優しく、愛情を持って接することを商売としているなら、仕事中に相手=客に振りまく善意愛情その他諸々は全て商品になる。たとえ本当に愛情を抱いていても。

利用する客の女性たちは、彼が提供する愛が紛い物と割り切っていると思う。
偽物だから本気にならずに済む、相応の対価を支払えば自らが望む振る舞いをしてもらえる。本物の愛が不確かな存在で手にしているかわからないのに比べ、購入という手続きを踏んで手に入れた紛い物の愛は確かに存在する。
紛い物なら躊躇わずに貪れるだろうし。

セラピストの方も、本当に寂しがり屋なんだと思う。その商売をしている限り、やはり紛い物の愛を持った女性=客と触れあえる。単純に性欲云々だけではもたないだろうし。

私がフリーランスじゃなくて直接客と接する仕事を探していたのも「なんでもいいから沢山の人と喋りたい」という動機からだった。他人と喋らないと寂しいから。客からただの店員としか見られなくても、何か話せればすごく嬉しい。他人だし客だから、身内にはできないような優しい言動も好きなだけできるし。


おそらく身近な人間関係で確かな本物の愛の存在を感じられれば万事解決なのだろうが、直接金銭のやり取りがないフェアな関係は各々感情や事情を持つ人間同士の対峙である。
「これください」
「千円です」
「じゃあ千円ちょうどで払います」
「こちらお品物です」
というような流れにいつもなる訳ではない。嫌なときもできないときも、伝えてるのに受け取ってもらえないときもある。

そういうときの捌け口というか、本物の愛の代用として紛い物の愛を求めるんじゃないだろうか。


まあ純粋に性的欲求を満たしたいがために利用する人もいるのでしょうが。


久々に書いたら支離滅裂な長文になりました。やっぱ定期的に書かないと文章力は衰える一方ですね。